蒲田で神社巡り!!証は艶やかなる御朱印☆蒲田八幡社&5社

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蒲田八幡社をお参りしておよそ3週間後。

蒲田八幡社と兼務社5社を巡る「蒲田で神社巡り」に行ってまいりました!!

兼務社とは・・・
地域にある神社の数に対して宮司の数が少ない場合、複数の神社を兼務することがあります。宮司以下職員が常駐する神社を本務社、それ以外を兼務社と呼びます。
ここでご紹介する神社の場合、蒲田八幡社が本務社、北野神社、椿神社、薭田神社、女塚神社、御園神社の5社が兼務社です。
はりこま君
はりこま君

大田区には大小合わせて100社の神社を約20名の宮司さんが管理しているんだって!

「蒲田で神社巡り」コース

兼務社の御朱印も蒲田八幡社で受けることができます。
御朱印は参拝の証ですから、すべての神社を巡って最後に蒲田八幡社を目指すコースになります。
今回は京急蒲田駅からスタートしたので、このようなコースにしました。
①北野神社→②椿神社→③薭田神社→④女塚神社→⑤御園神社→⑥蒲田八幡社
地図でみると、京急蒲田駅とJR蒲田駅をはさんでぐるりと巡回する感じですね。
お参りする時間も入れて1時間半~2時間程度といったところでしょうか。
蒲田八幡社の御朱印受付時間
9:00~11:5013:00~15:50 ※11:50~13:00は受付していません
はりこま君
はりこま君

御朱印受付時間までに蒲田八幡社に到着できるように

余裕をもって出発しよう!

6社の御朱印は最後にまとめて掲載していま~す♪

北野神社

所在地

東京都大田区南蒲田1-6-5

御祭神

菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
建御名方命(たけみなかたのみこと)

ご由緒

呑川のほとりにある杉原重右衛門邸宅内に諏訪社をお祀りしたところ、呑川が洪水になるたびに、矢口村の天神森に祀られていた天神様の御神体が杉原邸宅前に流れ着くようになった。その都度、天神森へお返ししていたが、七度目についに矢口村と話し合いのうえ、杉原邸内の諏訪社の傍らにお社を建ててお祀りしたそうです。明治になり、諏訪社と合祀して「北野神社」となりました。

はりこま君
はりこま君

不思議なご縁を感じる合祀だね

菅原道真公といえば”梅の花”と”学問の神様”ですが、折しも桜が満開でした。
薄曇りの空でしたが、白壁に朱色の柱、黒門と金の御紋が眩しく華やかな社殿でした。
呑川からの風が心地よく、開けた空のせいもあってか気持ちが浮き立つスタートとなりました。

椿神社

所在地

東京都大田区蒲田2-20-11

御祭神

猿田彦命(さるたひこのみこと)

ご由緒

百日咳の治癒にご利益があるとして、古くから信仰のある神社。御祭神の猿田彦命は、道案内の神様でもあり村の境を守る「関の神」、さらにそれが転じて「咳の神」と信仰されるようになったようです。
また、風邪、百日咳、喘息などにかかって咳が出るときには、境内の額堂に奉納されている「麻」を病人の首に巻くと咳が止まると言い伝えられていて、病気が治ったらお礼に新しい麻を二倍にして奉納して感謝するという信仰があります。
現在は、境内に麻を納めた額堂がありませんが、薭田神社の社務所で授かることができるそうです。

穏やかな住宅街で家々に囲まれるように建っていて、地元の方々に愛される小さな神社という感じでした。拝殿の後方に植えられた椿の赤い花も印象的でした。

 

穏やかな住宅街で家々に囲まれるように建っていて、地元の方々に愛される小さな神社という感じでした。拝殿の後方に植えられた椿の赤い花も印象的でした。

はりこま君
はりこま君

咳が出たら麻紐を巻くという風習は全国的にみても珍しいんじゃないかなぁ。

 

薭田神社

所在地

東京都大田区蒲田3-2-10

御祭神

誉田別命(ほんだわけのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)
荒木田襲津彦命(あらきだそつひこのみこと)
春日大神(かすがのおおかみ

ご由緒

僧侶・行基が、本社に天照・八幡・春日の三体神を造り、それから600年後に村人からの要請によって、日蓮がこの三体を開眼したとされたという言い伝えが残っています。
この社伝にはついて、式内社についての全国調査結果をまとめた『式内社調査報告』によると信憑性がなく、『惣國風土記』に基づいて潤色されたものであろうと記されているそうです。
しかし、薭田神社に春日の石像と二体の木造の神像が安置されていたことは確かであり、この点においては社伝と一致しています。

行基
奈良時代の僧侶。仏教は国を治めるための手段であった時代に、貧民のための無料宿泊所(布施屋)を作ったり、橋や堤防、貯水池などの治水工事を行ったり、仏教を学ぶための道場や寺院を建設した。
人々の暮らしに寄り添った教えを説いて回り、行基菩薩と呼ばれ人気を集めた行基ですが、無届で説法したことなどで朝廷に目を付けられる。度重なる弾圧にも受けましたが、行基の集団は民衆からの圧倒的な支持を受けて規模を広めていき、ついには朝廷も認めることになった。
740年には聖武天皇から直々に、東大寺の大仏像造営の責任者として招聘された。
残念ながら大仏像と大仏殿の完成を待たずして行基はこの世を去ったが、行基の活動は日本仏教の礎と評価され、その人柄は人々の心の中に敬愛の対象として残されている。
古く平安時代の記録にもその名前が残っている薭田神社は、なんと蒲田神社の誤写だという説があります。「蒲」の旧字を「薭」と誤写したというのですが・・・。
薭田神社という名前になっているのは、『延喜式神名帳』に旧荏原郡に薭田神社という名前が残っているのですが、その後、伝承が絶え所在が不明確になっていたそうです。しかし旧荏原郡内にはそれに見合う大社がなく、当社近くの地名などからここが薭田神社であろうと推測され、社号として認められたそうです。
はりこま君
はりこま君

歴史ミステリーだね

石畳の参道が輝く立派な神社でした。しっかりとした社務所もあり、椿神社の麻紐はここで授かることができるようです。摂末社として稲荷神社、薬祖神社、三十番社が連なる大社でした。

女塚神社

所在地

東京都大田区西蒲田6-22-1

御祭神

誉田別命(ほんだわけのみこと)

ご由緒

古くは八幡社と呼ばれ、蒲田駅東口付近(女塚村)に鎮座していました。鉄道敷設にともない明治21年に現在地に遷座され、名前も女塚神社と改称しました。

この神社には、命を懸けた愛の物語が伝えられています。

南北朝時代の武将、新田義興公が、足利を討つために軍を興したところ、元臣下の竹沢が上臈(大奥の女中)の少将を義興公に献上して謝罪した。
新田義興公は竹沢を許しそばに置いたが、竹沢は足利からの刺客であった。
少将局は、竹沢が月の宴と称して新田義興公一族郎党の暗殺を企てていることを知ると、「夢見が悪いから七日の間は外出しないでほしい」という文を届けた。それを知った竹沢は少将局を殺害し、亡骸を捨ておいたが、土地のものたちが少将を憐れみ祀ったのが女塚であるという。
義興公は竹沢の謀略にかかり矢口の渡しにて討たれてしまう。それからというもの往来に光るものが現れるようになり、村のものたちが墳墓を築き、新田大明神として祀ったのが新田神社である。

義興公に命をかけて尽くした少将の局は、今では新田神社からさして遠くない地に祀られており、
境内の一隅には、現在も、女塚霊神の塚が残っています。

はりこま君
はりこま君

社殿の右手にあるのが少将局を祀った女塚霊神だよ

JR蒲田駅前の喧騒を離れ、住宅街を進んだ先、細道の奥にあります。
女塚霊神に寄り添うように伸びた大木が、やさしく蔭涼を落とし、そよそよと風が吹いていました。
4社を巡ってきて、少し疲れた身体が癒されました。

御園神社

所在地

東京都大田区西蒲田7-40-8

御祭神

猿田彦命(さるたひこのみこと)
天宇受売命(あめのうずめのみこと)

ご由緒

多摩川の洪水によって流れ着いた猿田彦命を祀った神社であったそうです。
境内がしゃもじの形に似ていることから「おしゃもじ様」と呼ばれていました。
天宇受売命(あめのうずめのみこと)は踊りの担い手で、天岩戸神話で活躍した神様。のちに猿田彦命と結婚した女神様です。
蒲田駅西口の大通りに面していて人の往来が多く、色々な会が神社を中心に活動してます。神社ゆかりの猿田彦の舞が伝えられており、お囃子とともに例大祭神幸神輿の先導をしたりと奉仕しているそうです。

 

はらはらと桜の花びらが舞い散るなか、境内を黒猫が2匹駆けていました。
集会所にもなっているという社務所前ではご近所の方でしょうか、おじいさんと奥様がゆったりとお話をされていました。
氏神様としての歴史は浅いそうですが、土地の人々に親しまれている神社なんだなと感じました。

蒲田八幡社

「蒲田で神社巡り」の最終目的地、蒲田八幡社です。

所在地

東京都大田区蒲田4丁目18‐18

御祭神

誉田別命(ほんだわけのみこと・応神天皇)

ご由緒

多摩川の河口に位置する蒲田は、水の便がよく交通や物資の行き来も多かったそうです。
都の文化が一番に入ってくることから、関東における流行最先端でもあったとか。

境内には、末社「天祖神社」があります。
御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、日本武尊(やまとたけるのみこと)

 

 

 

はりこま君
はりこま君

天祖神社は、伊勢神宮を総本宮として、全国に御分社として天照大御神を祀っている神社だよ。

蒲田八幡社、天祖神社前の狛犬。

 

工事中のため見えないところが多い蒲田八幡社。完成して表鳥居からお参りするのが楽しみです。

蒲田八幡社と兼務社を廻る「蒲田で神社巡り」は、1時間半ほどでお参りすることができました。
御朱印帳を預けると赤い番号札を渡されます。6社分の御朱印を書いていただくのに15分ほどかかるので、神社の外に出ても構わず16時までに受け取りに戻れば大丈夫です。境内のなかで過ごしてもいいのですが、工事中で観られるところが限られていますので、駅前の商店街を散策してみるのもいいですね。

御朱印

蒲田で神社巡り!!と称して廻った神社の御朱印がこちらです。

各社の特徴的なカラフルな印がきれいです。このデザインは時々変わるようなので、境内が完成したときには、またぜひお参りに行きたいと思います。

はりこま君
はりこま君

最後までご覧いただきありがとうございました

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