新春のお楽しみ☆羽田七福いなりめぐり

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羽田空港線の駅のなかに「穴守稲荷駅」という駅があります。
この駅にはその名の通り、穴守稲荷神社があります。

今回は、この穴守稲荷神社を最終地点として、羽田地域のお稲荷さんを巡る

新春名物『羽田七福いなりめぐり』をご紹介いたします。

元旦からの数日間だけ、いつもは専属の神職者がいない神社も社務所を構え、巡礼の証を受けられる特別なお参りです。地元の方々のご協力あっての巡礼旅で新年を気持ちよくスタートさせましょう。

羽田七福いなりめぐりとは、毎年1月1日~同5日までの5日間(午前9時~午後3時)に行われる催し物です。この期間は各神社にて御朱印を受け付けております。京急空港線 糀谷駅近くの東官守稲荷神社を始めに、ゴールの穴守稲荷神社までの所要時間は約2時間となっております。

羽田七福いなり会が主催する『羽田七福いなりめぐり』の公式ページより引用

お参りする神社とオススメコース

お参りする神社は七福+別格の計8社。所要時間は約2時間くらいを目安にされておくとよいでしょう。

京急空港線「糀谷駅」から徒歩5分ほどのところにある「東官守稲荷」からスタートして、数字の順番にお参りをするのがオススメです。

もし地元にお住まいでお近くに①以外の神社がある場合には、必ずしも順番通りでなくても構いませんが、最終地到着地は「穴守稲荷神社」とします。

『いなりめぐり』の最終地点としてお参りされた方には、穴守稲荷神社で全社お参りの記念品がいただけます!!

①東官守稲荷→②妙法稲荷→③重幸稲荷→④高山稲荷→⑤鴎稲荷→⑥玉川弁財天→⑦白魚稲荷→⑧穴守稲荷

2020年【令和2年】の「羽田七福いなりめぐり」概要

名 称  第33回 羽田七福いなりめぐり
期 間  令和2年1月1日~5日 各日9:00~15:00まで受付
場 所  東官守稲荷神社~穴守稲荷神社 全8社
初穂料  朱印料:各社100円 専用集印帳(色紙):200円
※ ご自身で用意した朱印帳・色紙等でも御巡り頂けます(持込み朱印帳の場合は朱印料:各社200円

すべてお参りするのに1時間半から2時間程度かかります。御朱印所が混みあっているともう少しかかるかもしれません。受付時間は15時までですので、余裕をもってスタートしましょう!!

いなりめぐり全8社と御朱印

羽田七福いなりめぐりの期間は、専用の集印帳(色紙)が各社で200円で受けることができますが、私は自分の御朱印帳にいただきたかったので、持ち込みました。
専用の集印帳にいただく場合の朱印料は各社100円、持ち込みの御朱印帳への朱印料は各社200円となりますので、専用の集印帳にいただくほうが負担は少ないです。8社あることをご考慮されて、どちらがいいかお選びくださいね。

一、東官守稲荷神社(とうかんもりいなりじんじゃ)

まず最初は、京急空港線「糀谷駅」から徒歩5分ほどの住宅街のなかにある東官守稲荷神社です。

東官守稲荷神社は、昔 萩中町7番地(旧番地)辺りにあり、敷地も広く東に向き、海に向かって建てられていた。当時この地に住む村人らは半農半漁の生活をしていたので、海における仕事の安全を祈る守護神として、村人達の信仰を集めていた。 大正6年の風水害により社は被害を受けたが、萩中神社再建の際、萩中神社の境内に移された。しかし、また昭和20年4月、戦災の為焼失してしまったが、町民の努力により再建された。

羽田七福いなり会が主催する『羽田七福いなりめぐり』の公式ページより引用

氏神様として地元の方々に親しまれている神社です。境内はきれいに掃き清められていて、多くの参拝客が手を合わせ、また談笑している姿に気持ちがほっこりしました。

 

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

青い空の下でお神酒をいただいたら、次の神社へ出発!!

二、妙法稲荷神社(みょうほういなりじんじゃ)

10分ほど歩くと第二社「妙法稲荷神社」に到着します。

享和元年9月(1801年)大洪水の被害から立直る為、京都伏見大社の分霊を賜り、大松の下に社殿を建立し、鎮座されたものと伝へられている。この松の根元には白蛇が住み、神の使いと云われた事から、蛇稲荷とも呼ばれ信仰を集めていた。大正12年の関東大震災の折、大松も社殿も焼失したが、当地の有志により松の切株の上に八角堂が建立され、妙法稲荷と呼ばれ信仰を集めていた。昭和20年の戦災によって八角堂は焼失したが、昭和31年崇敬者並びに地元有志により現在の社殿が建立された。

羽田七福いなり会が主催する『羽田七福いなりめぐり』の公式ページより引用

連なる朱い鳥居が青い空に映えて美しかったです。御朱印をいただいた際にちょっとしたアクシデントが。松に蛇が巻きつく絵のスタンプは朱色で押されるはずだったのですが、ボランティアのおじいちゃんが間違えて黒いインクで押してしまいました。何度もお詫びされたのですが、私はこれはこれで貴重だと、むしろ喜んでいます。この印を見返すたびに楽しく巡ったことを思い出せますからね!

 

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

こちらでもお神酒をいただきましたよー!!

三、重幸稲荷神社(じゅうこういなりじんじゃ)

5分ほどで第三社「重幸稲荷神社」に到着です。

大通り沿いですが小さなお社なので見逃さないように!

昔、この辺り一帯は大野上田と呼ばれていた。度々の洪水に悩まされた村人達は、多摩川のほとり旧六郷土堤の際に、田畑の守護と五穀豊穣を祈って社を建立した。社前の道路は旧六郷土堤であり、現在の社の高さが旧堤防の高さであった。境内には樹令400年、幹まわり3.5メートルの楠の大木があったが、昭和20年4月の大空襲で焼失してしまった。社前の道路が一部膨らんでいる事が、大木のあったことと歴史の古さを物語っている。

普段はご神職者はいらっしゃらないお社ですが、この期間だけは特別に仮社務所が設けられています。いっぱんの方にご迷惑にならないようにお参りしたいですね。このあたりから同じように巡っている方々との一体感が生まれてきます。

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

次はどんな神社かな・・・?

四、高山稲荷神社(たかやまいなりじんじゃ)

道なりにまっすぐの道なので、なかなか着かない気がして少し不安になりますが、10分ほどで第四社「高山稲荷神社」です。

この辺りは中村と呼ばれ、社殿は名主 橋爪家(伊勢屋=本羽田3丁目辺り)の前にあったが、昭和4年の六郷土堤改修工事の際、現在地に移転された。移転前の社が飛騨高山より来た大工によって建築された事から、高山稲荷と呼ばれる様になったと云われている。戦前の初午祭には、芝居も催され大層の賑わいをみせた。この辺りの親達は初午の日に社前に小屋を作り、子供をお籠りさせてから寺小屋に入門させたと云う。

これまでのなかでは大きなお社です。境内が広く参拝しやすい神社です。

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

こちらで飴玉をいただきました。がんばってね、と応援いただき元気倍増です

五、鴎稲荷神社(かもめいなりじんじゃ)

12-3分ほど歩くと第五社「鴎稲荷神社」があります。少し距離があるので、私は少し迷いかけましたが、地図をよく見て進めば大丈夫ですよ。また期間中は、幟(のぼり)や看板が出ているので注意してみましょう。

大師橋を超えていくときに海が見えました。

この社に現存する石の鳥居には弘化2年(西暦1845年)建立と刻まれている所から、御鎮座はそれ以前となる。その昔、漁師たちが祈願すると鴎(かもめ)が飛来し大漁であったと云うことから、鴎を大漁の兆しとして崇め、以後「鴎稲荷」と呼ばれるようになった。大正13年頃 社屋を新築したが、昭和20年の戦災で焼失してしまった。その後町民により再建され、現在でも初午の夜は篝火を焚き太鼓を打ち鳴らしている。

閑静な住宅街のなかにある小さなお社でしたが、紅白の幕に飾られ美しかったです。

地元の方々の神社を大切にする気持ちを感じました。

はりこま君
はりこま君

こちらでもまた飴玉をいただきました。応援されると嬉しくなりますね

別格玉川弁財天(たまがわべんざいてん)

海沿いに出て5分ほどで別格「玉川弁財天」に到着します。

海が開けた景色に清々しい風が吹き抜けてとっても気持ちがいいです。遠くに羽田空港も見えます。

 

 

 

 

 

江戸名所図会に“羽田村の南も洲の先にあり、故に羽田弁財天と称せり。本尊は江の島本宮巌屋弁財天と同体にして、弘法大師の作なりといへり。宝永八年(西暦1711年)四月此地に遷し奉る云々”とある。社頭は、江戸新堀 小西九兵衛という酒問屋が全て造ったとされ、境内の一部に常夜灯があり、沖行く舟の目標であったと云う。また、当社にまつわる様々な版画も残されている。現在の羽田空港内(要島・鈴木新田)にあったが、昭和20年9月連合軍の強制立退命令により現在地に遷った。

もともと水神様をお祀りしていたところに、弁財天様が下宮してこられた神社だそうです。

 

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

こちらでは弁財天様にあやかる福銭をいただきました!

六、白魚稲荷神社(しらうおいなりじんじゃ)

3分ほどで、第六社「白魚稲荷神社」ですが、ちょっとルートをはずれて海の方へあるくと、大鳥居に到着します。せっかくなのでお急ぎでなければ立ち寄ってみてください。

 

大鳥居は周辺地域の戦前から現在までの歴史と文化を伝える羽田の象徴として「平和」の文字を掲げて親しまれています。
大鳥居を守る活動をしている羽田ボランティアによって、ユニセフ募金活動をおこなうなど国際平和活動にも貢献しています。

 

 

大鳥居と海を背にして町中へ戻るように進むと、「白魚稲荷神社」です。通りの奥まったところにありますよ。

武蔵国風土記に“漁士白魚を初めて得しときは、まず此の社に供ふる。故にかく云へり”と社名の起源が記されている。
多摩川の砂利砂採取が行われるようになった頃、この事業に従事する人たちの信仰を受け、社頭は大いに盛んであった。昔、この附近は藁葺き屋根が多く、漁師町特有の建込んだ家並みから、火事が起らないよう祈願する人も多く火伏せの神様としても信仰がある。その為か、この社は先の大戦の戦火を免れた。

住宅街のなかにあり静かにお参りできる神社です。やや急な階段を昇ったさきで、ご参拝をし、その場で御朱印がいただけます。

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

大幣(おおぬさ)でお祓いしていただきました!

七、穴守稲荷神社(あなもりいなりじんじゃ)

5分ほどで最後の第七社「穴守稲荷神社」に到着します。

文化元年(西暦1804年)頃、鈴木新田(現在の空港内)開墾の際、沿岸の堤防がしばしば激浪のため大穴が生じ、被害を受けた。そこで稲荷大神を祀り御加護を願った所、以後風浪の害も無く霊験あらたかであった。昭和20年の終戦にて、米軍の羽田空港拡張のため現在地に遷座した。終戦当時から数々の神秘的現象が起った為、畏れられ取り壊せず活きた大鳥居として今でも空港内に聳えている。空の旅をする人達の中には、当社の御守りを授かっていく人も多い。

境内へ続く参道が三か所から伸びている地域の中心的な大社で、ご参拝の方が大勢いらっしゃいました。列にならんで御朱印をいただくと、「いなりめぐりだね、ご苦労様でした」と記念品をいただきました。すべて巡り終えたという満足感と、道々に看板や幟を立てたり、道案内をしてくれたりと、この行事を支えてくれている地域のみなさんに感謝の気持ちがこみあげてきました。

 

 

 

 

 

はりこま君
はりこま君

ありがたい気持ちで新年を始めることができました!

 

 

 

 

 

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